クラリネット教室:::すまいるクラリネット教室 東京校 |白岡|さいたま市|蓮田|

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当クラリネット教室では、無料体験レッスンを実施しています!

マンツーマンのクラリネット教室です。

フリータイム予約制のクラリネット教室です。

クラリネット教室:::スクール案内

レッスン会場

白岡駅

受講料 (月謝制)

60分レッスン×月2回コース
9,600円より
(レッスンは全て講師と1対1のマンツーマンです!)

スクール開講時間

平日:  昼11時〜14時 夜20時〜23時
土 :  昼14時〜17時 夜22時〜23時
日祝日: 昼11時〜23時
休校日: とくになし
その他、相談可

必要なもの

特になし
ご自身の道具をお持ちの方はご持参ください

クラリネット教室:::講師ブログ

パスタのお店、馬車道のBGM

みなさん、こんにちは!

ところで、みなさんはパスタ専門のファミレス、「馬車道」に行かれたことはありますか?
東京にはないらしいんですが・・・

前々から馬車道に行くと、「あ、この曲聞いたことある!」ということがよくあるんです。

馬車道ってBGMにクラシック音楽を使っているんですね。そのレパートリーも「サックスアンサンブル」「クラリネット独奏」「オーケストラ」「ピアノ曲」と本当に幅広く、ちょっと耳の肥えたクラシックファンでも、「え、こんなマイナーだけど、有名な曲も流れるんだ」って感じで本当に楽しめます。

クラシック音楽を覚えたい方にはとても便利なお店ですよ!イントロクイズをしてる気分になれるかも☆彡



MISIAのライヴで・・・

先日、中学生のころから大ファンである女性シンガー、MISIA(ミーシャ)のライヴを聴きに行ってきました。MISIAといえば皆さんは、ドラマやまとなでしこでヒットになった「Everything」をご存知かと思います。
 彼女は、1998年、当時まだ日本には馴染みのなかった「R&B」(リズム&ブルース)というジャンルでデビューし、瞬く間に一大ムーブメントを巻き起こした「R&B」の火付け役的存在です。アリーナ級の会場をも震わす声量、5オクターブという声域、そしてその天才的な歌唱力を武器に一躍、日本のトップシンガーへと登り詰めました。
 近年では、女性ソロシンガー初の5大ドームツアーを制覇するかたわら、野外での「星空のライヴ」などを開催し、ジャンルもポップス、ジャズ、ブルース、バラード、ダンスと幅広い分野で活躍しています。
 セリーヌ・ディオンのようにバラードを歌い上げるだけでなく、マドンナのようにダンサーを従え、ダンスミュージックも歌いこなすその姿はまさに歌姫。おそらく、日本のトップシンガー5本の指に入るのではないかと思います。
 彼女の歌声というと、「太く、ビブラートの声」というイメージがありますが、話し声は打って変わって、とても細く、高い可愛らしい声をしています。まるで、アニメキャラクターの少女のような声は、ある意味「萌え~」なんです。昔でいうと中島みゆきさんが、歌声と話し声が違って、魅力的だと感じました。身長も150cmちょっとしかないんです。
 さて、彼女のプロフィールについて熱く語ってしまいましたが、先日のライヴ、演奏を行う一人として学んだことをお話したいと思います。
 彼女の歌声は楽器のようなのです。ライヴの一場面でこんなことがあったのですが、サックスが伸ばすロングトーンと自分の歌声、どちらが最後まで伸びるかとか、ギターの超高音を一緒に自分の歌声でだしてしまうとか・・・しかも美しく・・・でも、それって日々のトレーニングの賜物なんですよね。もちろん歌は普通に上手い。たぶんCDよりも生歌のほうが上手いです。そして、聴衆はその歌声に魅了される。。。
 私自身も、人前で演奏するときに「こんなふうにやりたい」と思うことがよくあるのですが、それを実践することはなかなか難しいものです。でも、そんな演奏ができるようになればお客さんも楽しんでくれるだろうし、何より自分が楽しいだろうなって思いました。
しかし、それを実践するためにはやっぱり日々、努力を怠らないこと。そして、モチベーションを高く持ち続けることが重要なのだと、MISIAのライヴを通じて感じました。
 好きなものの話になるとこんな長文になるんですね(^_^;)。失礼いたしました。
 



中学校での吹奏楽部指導

 みなさんこんにちは!毎日暑い日が続きますね。体調管理には十分気をつけてください。

 さて、現在私は、中学校時代の恩師とともにS中学校で吹奏楽部の指導をしています。

そこのS中学校の学区は、家庭環境の貧しさなど、現在の教育現場が抱えるさまざまな問題を同じように抱えていました。
 初めて吹奏楽部の生徒たちと顔を合わせた時、「やっぱり子供は素敵な笑顔を持っているな」と思いました。
そして、「この子達の家庭環境に、どんな背景があろうと、中学校3年間の吹奏楽部の思い出をかけがえのないものにしてあげよう」と思いました。

初めての出会いから3ヵ月後すぐにコンクールがやってきました。S中学校の吹奏楽部はまだ、演奏レベルがとても低かったため、「Dの部」という、上部大会へは進むことのない比較的易しい部門へ出場することになりました。
しかし、このときのコンクールでは入賞すらすることができませんでした。

9月になり、3年生が引退しました。新体制の生徒たちに私は問いかけました。
「この吹奏楽部でどんな活動をしたい?」
生徒たちは、こう答えました。
「みんなでケンカもなく、仲良く活動してオマケにコンクールで賞がとれちゃったりしたらいいな~~」
私は愕然としました。「本当に楽しい」と思うことは、みんなで何かひとつの目標を掲げ、それを叶えるためにさまざまな壁を乗り越えていくことなんじゃないかと。
ときには、仲間とケンカしたっていい。なにかに熱くなってほしいと私は思いました。

それから、秋、冬と私は生徒たちに熱くなってほしいと願いながら、ときには厳しいことを言いながら指導もしました。

4月、新入生が入学し、コンクールへのシーズンがやってきました。
6月、こんな一場面に出会いました。
3年生が中心となり後輩たちと何かを作成していました。
それは、各楽器ごとに作成した、コンクールへ向けての目標でした。
「最高の音をステージに響かせる」
「世界で一番上手な演奏をする」
私はそれをみて涙がでてきてしまいました。
1年前は、何に向かっていけばいいのかもわからないまま、とにかく楽しければいい。そう言っていた生徒たちが、ここまで大きくなったなんて・・・

それからの生徒たちの努力は素晴らしいものでした。
後輩に厳しく指導をする先輩。どう練習したらいいか聞いてくる生徒、みんなが目標を叶えるために熱くなっていました。

8月。いよいよコンクールの本番です。
みんな、去年とは違う、締まった顔をしていました。それはどこか、自信にも満ちているようで・・・
演奏は、今みんなのできる最大限の力を発揮していました。

結果発表。
「優秀賞、S中学校!」
見事!S中学校は、吹奏楽コンクールDの部で一番良い賞、優秀賞を受賞することができました。生徒たちは喜びの笑顔・・・というよりも泣いていました。私はこのとき、部員全員で掲げ、壁に貼ってあった目標を思い出しました。

「優秀賞をとって、みんなでうれし泣きをしよう」

1年前には予想もしなかったみんなの顔は、絶対に忘れることのできないものでした。
そして来年はもっと上へ飛躍しよう!!!



はじめまして!!ようこそ『すまいるクラリネット教室』へ☆彡

みなさん!はじめまして!
すまいるクラリネット教室で講師をさせていただきます、中村裕大(ゆうた)と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします!

最初のブログということなので、簡単な自己紹介をさせていただきます!

まずは、私の自己紹介☆彡
埼玉県に生まれ、中学入学まではまったく楽譜が読めませんでした。姉がピアノを習っていたので、見よう見まねで簡単な曲は弾けちゃっていたんですけどね(^_^;)

そして、中学校に入学し吹奏楽部でクラリネットに出会います。「なぜ、クラリネット?」と言われると、特に理由はなかったんですね。吹奏楽を水槽学と勘違いしていた私だったので・・・水槽の研究なんかして楽しいのかななんて(-_-;)
姉に、「吹奏楽部って何の楽器があるの?」と聞いた結果、「クラリネットじゃん?」といわれました。
なので、翌日の楽器体験は「クラリネットがやりたいです!!」となったわけです。
確かに、今考えれば他の楽器もかっこよく見えるんですが、当時の私には「クラリネット以外、考えられない!」って感じだったんですね(^^♪

いつしか、私は吹奏楽コンクールの全国大会に出場したい思うようになりました。
そこで、高校は全国大会に何度も出場している吹奏楽の名門校へ進学しました。この高校生活が今の私を支える大きな経験になっているのかもしれません。
高校では、クラリネットを支える仲間、「バスクラリネットとコントラバスクラリネット」を担当していました。
お金がたまったらバスクラリネットを是非、購入したいものです。
高校2年のコンクール終了後、私は部活をやめてしまいました。1年生のときは、レギュラーメンバーではなかったし、2年ではレギュラーに選ばれたものの全国大会へは、あと1点で惜しくも進むことはできませんでした。

私は、「全国大会へ行きたい」という想いを叶えられないまま、高校での部活生活に終止符を打ってしまいました。
学生たちがあこがれる吹奏楽の全国大会は、東京の普門館で行われます。しかし、その舞台に立てるのは中学部門と高校部門だけです。その、ステージに立ちたいという想いは断ち切れず、「学生で普門館に立つことができないなら、指揮者でたてばいいじゃないか」と考えました。

私は高校卒業後、吹奏楽指導者を育成する専門学校に入学しました。
そこでは、吹奏楽やクラリネット、音楽に関することをたくさん学ぶことができました。
入学して1年が経ったころ、運命的な出会いが待っていました。そこに現れたのは中学校1年生まで顧問をしていた吹奏楽部の恩師でした。
いろいろ懐かしいお話をしたあと、「私の吹奏楽部を指導してくれないか」という、なんとも嬉しいお言葉でした。

そして、現在、恩師とともに中学校吹奏楽部の指導をして3年が経ちます。

次回のブログでは、現在指導している中学校で経験した1年間の記録をお話したいと思います。

長文になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました!!!


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